全国有数の進学校に通う男子高校生が6年間で失ったもの。

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日本の学校に通う皆さん、日々の課題、宿題に追われることでしょう。

結論からいうと、日本の進学校オワコンです😭

僕は、小学校、中学校、高校と私立の学校に通わせてもらっています。(親の愛情と経済的支援には頭が上がりません。)中高は全国有数の東大合格者数、医学部合格者数の受験進学校です。

僕自身が、受験という教育の「型」にはめられ続けて得たものと失ったものについて詳しくみていきましょう。

失ったなって感じること。

  • 自由な時間
  • 幅広い挑戦
  • 休むこと
  • 自ら課題を見つけ、取り組む自主性
  • 毎日を楽しく過ごすこと

これらについて詳しく考察していきます。

自由な時間を失った

進学校では、朝から晩までみっちり授業が組み込まれています。

さらに、放課後も部活、塾。

家に帰っても、宿題、課題、予習。

頻繁にあるテスト。(進学校では特に多い)

こんな生活では、自由な時間をとれるはずもありません。

ここでいう自由な時間とはなんでしょうか?

「何か新しいことを始めることができる時間」

だと僕は考えています。必要最低限の休暇、とか週一回の日曜日とかそういうことではないです。

進学校のカリキュラムをまともにこなそうとすると、

卒業までの6年間、又は3年間は受験勉強or部活しかできませんよ

幅広い挑戦を失った

先ほども書いた通り、進学校では「時間」がありません。

ですので、新しい挑戦ができません。

入学前後の時期に決めた物事から逃れることはとても困難な環境です。

例えば、プログラミングを勉強しようものなら、

「宿題やテスト勉強が先だろ。やってからだ。」

「学生の本分は勉強だ」

「お前は目の前のことから逃げている。」

「そんなんじゃ大学は受からないぞ!」

脅しにも聞こえる言葉を投げかけてきます。

  • 教員
  • 同級生
  • 雰囲気

これらが組み合わさり連携プレーで僕らの挑戦を阻みます。

結果として、生徒は挑戦を諦め、嫌だ嫌だと嘆きながらシステムにのまれていくのです。

休むことを失った

受験進学校の教師の中には、生徒たちそれぞれのペースを完全に無視するような人もいます。

「常に全力で挑め」←常に全力は生産性、精神衛生の観点からも普通無理

「歩みを止めるな」←時には歩みをとめ、自分の取り組みを見直す必要がある

「歩みを止めたらおしまいだ」←道を変えることも再出発も人それぞれで自由だ。

このような暴論を振りかざす、いわゆる熱血教師が存在するのです。

彼らの多くのタチの悪いところが、彼ら自身がそうやって頑張っちゃってるんです。

「この人たちのように消耗しなくてはダメなんだ!」と潜在意識に刷り込まれるのです。

すると、生徒の多くが

  • 休むことは悪いことだ
  • 今やっていることを疑い、考え直すことは良くないことだ
  • 一度でも止まれば、人生は終わる。豊かなステータスで過ごすことはできない

と考えるようになるのです。

人間は時々、立ち止まってみることが重要です。

休みたいときは休み、また再出発すれば良い。

継続や進歩の最大の近道はこれらのことです。

でも、

圧倒的に多い課題やスケジュールで縛り込み、自分を追い込むことを美徳としている集団

それが、進学校というものの実態です。

そんな環境では、日々消耗し、最終的には再起不能なまで自らを追い込んでしまうのです。

うつ状態、自殺、反抗、弊害はたくさんあるでしょう。

自ら課題を見つけ、取り組む自主性を失った

進学校のカリキュラムは大学合格に近づくために計算されたカリキュラムです。

それをこなせば誰でもどんな志望大学に行ける!という宣伝がうたわれることが多いです。

ある意味で当たり前です。

ですが、今の時代にそれは無駄すぎる。

勉強というものの本質からかけ離れている。

人生を豊かにするための学習行為を『勉強』と呼ぶのなら、

自分で選んだ目標に自分のペースで、納得のいくように進められるべきだ。

確定したカリキュラムをなぞっていれば良い、、なんていう思考停止!

だから生徒たちは、

  • 決められたレールの上を生かされているようだ
  • 俺たちの人生なんだから俺たちが決める
  • 数学なんて将来役に立たねえし。

などと反抗するのです。

勉強したくなかったらしなくても良いんです。極端な話。

ただ、

  • 勉強は必ず人生を豊かにしてくれること
  • 勉強は納得行くように進められたら、なんと楽しいことか
  • 勉強は、その楽しさにおいて、生きる喜びのようなものを感じさせてくれること

これをわかってほしい。ここでいう「勉強」は何度も言いますが、受験勉強に限りません

多くの進学校は受験勉強第一主義

だから学校の教えに従わないこと=挑戦

に寛容ではありません。

発言は寛容でも、制度や雰囲気が違います。

時間もタイト、やる勉強も決まっている、課題もカリキュラム通り。

そんな学校の教えを何も疑わずに、信じてしまっては、

自分で考えて、自分の理想に一歩を踏み出すことなんて不可能です。

この意味で、僕は進学校での5年間で自主性を失ってしまったと、強く感じます。

毎日を楽しく過ごすことを失った。

「月曜日が憂鬱だ」『ブルーマンデー』

といったいった言葉を聞くと思います。

大半の学生はこの「ブルーマンデー」を経験したことがあるでしょう。

今まさに、ブルーマンデーだという人。

かなりやばいです。

だって学校に通うことを億劫に思っているのですから。

1日の半分以上を学校のことに関して過ごしている学生が、学校をめんどくさいと思いながら生活する。

それは、もはや、生きるのがめんどくさい。そんな感じでしょう。

決して「死にたい」とまでネガティブな感情じゃないけど、つまらない勉強をさせられる学校と、課題をやる家の往復に嫌気が差している。

もし、自分で納得して、心の底からやりたいな!って思えることに毎日取り組めたらどうでしょう?

毎日がチャレンジングで、エネルギー溢れる輝かしいものになるのです。

『だり〜わ』『めんどくせ〜』とぼやきながら日々を送るのは

自分自身を殺しているようなものだ

実感してほしい。

同じ悩むのも、やりたくもない科目のテストの点数で悩むよりも、

自分がやりたいことで悩む方がよっぽど人間らしい。

今、学校に進学校に通う人は、改めて考え直してほしい。

自分が本当に満足して生活を送っているのかを。

まとめ

以上失ったものについて見ていきました。

人間は、自分がやってきたことが間違いではないと認めたくありません。

それが、教育の現場にモロに反映されている構造、それが進学校です。

教員のほとんどは、高学歴と呼ばれる人たち。

受験勉強である一定の成功をおさめてきた方々です。

彼らは、自分の頭に自信を持っています。すると、自分がやってきたことも、『正しいことだ』とバイアスをかけて美化してしまうのです。

自身の経験からだけではなく、

現状を冷静に考察し、“今”何が求められているのかを考えなければいけません。

進学校に通うと上記のようなものが失われます。

息子の進学を考えていらっしゃる親御さん、

もしいらっしゃれば、想像してみてください。

御子息がその中学、高校に通って、自主性や輝かしい毎日を失うことを。

僕自身、大変でした。でもそれ以上に、両親も大変だったと思います。

家族がみんな、受験信仰に脅かされる日が来るのですよ。

そうやって、家族の溝が深まってしまうかもしれません。

僕に今、子供がいるとすれば、少なくとも、

普通科高校という選択肢だけじゃなく、チャレンジングな環境に身をおける高校も紹介してやりたいところです。

お読みいただきありがとうございました。

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